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「お参りの在り方」を取り戻す

亡き父との往復書簡とラストレター。そこからの様々な覚醒から、本来のお墓参りの在り方を取り戻すために実現させた「手紙参り」。日本に世界に国境を超えて想いは広がります。

證大寺・住職 井上城治

父との往復書簡

先代住職だった父。
私は反発するばかりで、まともに会話などしたことがありませんでした。
そんなバカ息子が二十歳を少し過ぎた頃、急に父に死期が迫る事態となりました。

「もっと語り合えばよかった、もっと話を聞けばよかった」
悔やむことしきり、入院した父のもとへ通い詰めたのです。

しかしもはや、声が出ない、聞こえない。

そんな父が、震える手で紙に字を書き、渡してきたのです。
私も、紙に大きな字を書いて応答しました。

「今日は何を書こうか」と考えた、病院の待合室、近くの喫茶店での日々。
私が来るまでに、手紙を書いて待っていた父。
・・・・亡くなるまで続きました。

しかし、まだ続きがありました。

「俺が死んだら読んでみろ」

父が亡くなり、数年。
後を継いた身として、寺の在り方に仏道の歩み方に悶々と思い悩む日々を過ごしていました。
そんな或る日。

元気な頃の父が「俺が死んだら読んでみろ、それは屋根裏にある」と言ったセリフをふと思い出しました。
どうせ酔った親父の戯言だろう、と当時は聞き流していたのですが。

まさかと思いつつ本堂の屋根裏へ・・・。
そこには一枚の木の板がありました、筆で文字を書きつけられた板が。
稲妻に打たれたようでした。

「證大寺の念仏の灯を絶やすな」
「親鸞の教えに沿って生きろ。それが全てだ、それだけだ。」。
親父の言葉に打ちのめされました。
「俺は、何を彷徨っていたんだろう」と。

親父のラストレター。
その邂逅は、迷宮から解脱し、行くべき道が閃いた瞬間でした。

故人と生きる自分が響き合う

父のラストレターから新たな閃きを得てより、取り組んだひとつが「お墓参り」の在り方でした。

父亡き後、なおも病院とその近くの喫茶店へ出向いていました。
私にとって、そこは亡き父との対話の場だったのです。
生きている時は話せなかったことを話し、言えなかった本音をさらけだしていました。
こうして亡き父との対話を通し、自分と向き合っていました。

実は、これが本来の「お参り」なのです。

仏教の土壌で暮らしてきた日本人にとって、本来お墓とは、亡くなった人を「入れる場所」ではなく、「会える場所」でした。
だから元来「お墓参り」とは、故人と会って語り合う、場とコトを指すわけです。
お線香やお花を上げることが本来の意図ではないのです。

思い出や懐かしみだけでなく、
故人と語り、自分を見つめ、
故人に向き合い、自分に向き合う。
そうして、残された者が心を修められる。
つまりお参りとは、「故人と生きる自分が響き合う」大切な場とコトなのです。
それこそが、最高の供養ではないでしょうか。

そうしたお参りの在り方を現代に取り戻そう、と取り組み始めました。
父と私を結んだ「手紙」で・・・。

ついに実現した「手紙参り」

父への書簡を書くのは、病院の混雑した待合室やBGMの掛かる喫茶店。
「ゆっくり書ける、いい空間があったらなぁ」と思っていたのです。

そこで、運営する霊園(船橋)の中に聖なる場所を作りました。
「手紙処(てがみどころ)」です。
故人を想って静かに綴る、落ち着いた専用空間。

「手紙処」で綴った手紙は、当院でお焚き上げ、そして浄土へ配達。
これが「手紙参り」です。

手紙参りをされた方から、このような感想を頂きました。
「本当はこんな風に語り合いたかった、そんな会話がここで初めてできました。」
「書き出すと、語り合っている気がします。」
「ごめんなさいと書くつもりが、許しを得た気がして、有難うと書きました。心の悔いが軽くなりました。」

お手紙が届けられた故人様が喜ぶ顔が見えるようです。
素晴らしい供養になりました。

日本に世界に、手紙処

「昔お世話になった人に一度お参りしたいが、お墓がどこか解からない。どうしたら?」と。
こうしたお墓の所在地不明や遠方で出向けない事情等から、「手紙参り」をさせて貰えないだろうか、との声が聞こえ始めました。

こうしたお参り困難者を救うためにも、「手紙処」と「手紙参り」システムをもっと増やしていきたいと思っています。
日本中のお寺のネットワークで、日本中に手紙処。
日本中が、お盆お彼岸に手紙を書くようになる。
それが願いです。

この手紙参りシステムの拠点となる「手紙処」ですが、建築デザイナーの押尾先生にお願いして、出来る限り最高のものを建てて頂きました。
スタートを担う立場として、それだけに良いものにしなければならないからです。
その甲斐あって、アメリカの建築専門誌が主催するアワードにおいて2017年度の最高宗教建築賞を獲得しました

海外で認められたことは、さらに私の想いを広げました。
日本中に、さらに世界へ・・・手紙処を。
書くことに、国の違いはありません。
故人を想う心に、国境はありません。

国を超えて、この世と浄土の堺を超えて、届ける手紙なのですから。